業務中の事故と従業員個人の責任②-使用者から被用者への求償の制限

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目次

このコラムでは、業務中の事故に対する従業員個人の責任ついて解説しています。
①使用者責任
②使用者から被用者への求償の制限(←イマココ)
③求償権の制限に関する裁判例の紹介

使用者から被用者への求償―民法715条3項

使用者責任が認められるための要件は以下のとおりです。
・被用者の行為につき、不法行為(民法709条)が成立
・「使用」関係 
・「事業の執行につき」第三者に加えた損害であること
・使用者による無過失立証がないこと

つまり、使用者は、自分の無過失を立証しないと使用者責任を免れることができません。しかし、無過失の立証は悪魔の証明に近く、現実的にはかなり困難です。その代わりといってはなんですが、使用者は、被害者に支払った分を被用者に請求することが認められています。

民法715条3項
全2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない

 結局、従業員が支払うことになるなら、使用者責任なんて、あってもなくても同じではないかと考える人がいるかもしれません。確かに、算数的な勘定は全く同じです。しかし、現実世界では、大きく結果が異なるのです。

 従業員の行為により、1000万円の損害を受けた被害者がいるとしましょう。従業員が1000万円を持っていれば問題ありませんが、持っていないこともよくあります。そんな場合、従業員への請求は無意味です。しかし、会社に1000万円を請求できれば、被害者は泣き寝入りをせずに済みます。会社は従業員に1000万円を請求できますが、従業員が一文無しなら、会社が泣くことになります。つまり、従業員が無資力であるリスクを、被害者に負担させず、使用者に負担させるのが、使用者責任の規定なのです。

使用者から被用者への求償の制限-最高裁昭和51年7月8日判決

ここまでは、使用者が被害者に賠償した場合、その賠償金の全額を加害者たる従業員に求償できるという前提で話を進めてきました。民法715条3項も、そのように理解するのが素直でしょう。

しかし、ここで疑問を持つ方もいるかもしれません。使用者から被用者への請求を認めるのであれば、報償責任の原理に反するのではないかという疑問です。確かに、被用者が最終的に責任を負うというのであれば、事業により利益を得る者が損失を負担したことになりません。

また、事業を行うにあたり、一定の確率で事故は発生します。使用者は、価格転嫁や保険契約の締結により、事故のリスクを分散可能です。被用者にはそれができません。社用車の運転について、自費で保険に加入する被用者は皆無でしょう。被用者に最終的な負担を全部負わせるのは、損害の公平な分担という理念に反するように思われます。

このような理由から、最高裁昭和51年7月8日判決は、使用者から被用者への求償権の行使は、相当と認められる限度においてのみ認められると判示しました。会社から従業員へ全額請求することはできないと判断したのです。最高裁は、その根拠を信義誠実の原則に求めました。

民法1条2項
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない

信義則は、あまり頻繁に利用するわけにはいきません。なんでもかんでも信義則で処理するなら、法律なんていらなくなってしまうからです。裁判所としては、極力信義則のような一般条項ではなく、具体的な条項をもって判決を書きたいはずです。

しかし、使用者から被用者への請求を制限する条項は、民法にはありません。それでも妥当な結論を導く必要があったのです。最高裁判所は、715条の趣旨、結論の妥当性を考慮して、信義則を根拠として判決したのでしょう。

続き → ③求償権の制限に関する裁判例の紹介

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