目次
このコラムでは、業務中の事故に対する従業員個人の責任ついて解説しています。
①使用者責任(←イマココ)
②使用者から被用者への求償の制限
③求償権の制限に関する裁判例の紹介
過失責任の原則―民法709条
従業員が業務中に事故を起こした場合に、誰が最終的に損害を負担するかは、なかなか難しい問題です。
例えば、運送会社のドライバーが居眠り運転で交通事故を起こし、通行人にケガをさせてしまったとしましょう。被害者である通行人は、誰に損害賠償を求めることができるでしょうか。
まず、ドライバー個人に請求することが考えられます。もちろん、この請求も認められます。根拠は不法行為責任を定める民法709条です。
民法709条
故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
しかし、ドライバー個人との示談交渉は、なかなか大変です。大きなケガの場合、賠償額も大きくなります。ドライバー個人で払える金額ではない場合もあります。裁判では勝てるかもしれませんが、相手が払えなければ意味がありません。
次に、運送会社に請求することが考えられます。一般的には、運送会社の方がドライバー個人よりも資力があります。被害者としては運送会社への請求を認めてほしいところです。
しかし、民法709条を根拠として運送会社に損害賠償を請求するのは、うまくいかないことが多いでしょう。なぜなら、民法709条は過失責任の原則を定めているからです。過失の無い者に損害賠償を求めることはできません。
ドライバーの居眠り運転が事故の原因となった場合、会社に過失を認めるのは難しいでしょう。会社の過失が認められるとすれば、運送トラックの整備不良があった場合などに限られると思われます。
使用者責任-民法715条1項
しかし、多くの場合、この種の事故では運送会社が交渉のテーブルについてくれます。交渉自体を拒否することは、ほとんどありません。その根拠は、使用者責任について定める民法715条です。
民法715条1項
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督についてそうとうの注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
民法715条は報償責任という原理に基づいています。報償責任とは、他人を使用することで自分の活動範囲を拡張し、それだけ多くの利益を受けている者は、その損害についても負担させるのが公平であるとの考え方です。シンプルに「利益ある所に損失あり」ということもあります。
少し場面は違いますが、悪い上司は責任を部下に被せて、手柄だけは自分のものにします。そういうやり方は報償責任の原理に反するのです。使用者は、手柄と利益を得るだけでなく、責任も負う必要があるのです。
続き→②使用者から被用者への求償の制限